社会人からのチャレンジ!私がアメリカの大学でMBAをとろうと思った理由

こんにちは!はねうさぎです。

一週間前の今日、私はアメリカの大学院の卒業式に出席しました。

トップ写真はその時のモノ。

今週帰国し、セレモニーの写真や、キャップやガウンなどを片付けながら、勉強してきた3年3か月を振り返ってみたり、共に頑張ってきたクラスメートの事を思ったりしました。

今日は私がなぜMBAをとろうと思ったのか、自分の中でももう一度振り返りの為にもここに書こうと思います。

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MBAの存在を知ったのはアメリカ留学中

もともと勉強が大嫌いなわたし。

親や兄弟は、私がMBAを申し込み、勉強していることを知って驚いたものです。

そもそも、MBAとはMaster of Business Administrationの略で、経営学修士のことです。

アメリカの場合はビジネススクールが、日本の場合には大学院がこれを授与します。

簡単に言うと、経営やビジネスに関する修士号のことですね。

ただ、アメリカでは、MBAは、同じ修士号でも、通常の大学院卒よりも格上とみなされることが多く、日本でも1990年代には、海外の大学でMBAを取得することがちょっとしたブームとなったこともあり、MBAホルダーは結構いらっしゃいます。

さて、勉強嫌いな私が、このMBAという存在を知ったのはアメリカへ留学した時です。

当時私の場合は、留学と言っても語学留学や正規留学ではなく、企業でのインターン生、という形だったので、会社で働いていました。そしてその時に、向上心の高い同僚や先輩に沢山出会いました。

実際、当時20代で私の上司だった女性は、ビジネススクールに行くため、最終的には会社を辞めました。

ボストンと言う土地柄もあり(ボストンはアメリカでも屈指の大学街として知られています。MITやハーバード大学など世界的にも有名な大学が沢山ありますからね)、私の周りにはMBAを目指して仕事と両立しながら勉強している方が沢山いたんです。

この時、MBAとは何ぞや?ということを知ったのです。

興味を持ったが「勉強のできない自分には無理」と思っていた

「MBAってなんだかカッコイイ。それに将来は自分でビジネスをやってみたいな・・・。」

日本で4年半働いていた会社で仕事の面白さを経験していたので、MBAに興味を持ちました。

また、ボストンでは、国内外から勉強しに来ている学生がたくさんおり、そういった人々と交流する機会が増えるにつれて、「アメリカの大学院への進学」という夢が膨らみました

アメリカだけではないと思いますが、アメリカの大学の良いところは、様々なバックグラウンドを持った人と、自分みたいなフツーの日本人とは違う家庭環境や経験を持ったバラエティー溢れる学生たちと一緒に勉強できることではないかしら?と思いました。

これは、アメリカ国内の大学でも地域によって差があるかと思いますが、少なくても日本よりは「バラエティー溢れる」という意味では絶対にそうだと言えると思っています。

でも、ここで問題がありました。

◯自分の英語が大学(大学院)レベルでない
◯経済的な問題(要はお金がない!)
◯どこの大学にどうやって?そもそも私はデザイナーとしてのキャリアを進むためにインターンに来た・・・

一応、大学では「テキスタイルデザイン」という専攻だったので、当時は、ぼんやり、アート・デザイン系の大学院にいったらどうなるだろうか?とも思っていました。

また、今冷静に振り返ってみると、アメリカで継続して働く、または滞在を延長するために大学での勉強を選ぶということを考えていたように思います。

でも、当時の上司に聞いたら、「やはりアート・デザイン系は学歴よりもセンスや実績が重視される」と指摘され、「そうだよね~、そもそもお金もないし、頭も良いわけじゃないし、大学院進学を考える自分がおかしいんだ」と思っていました。

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結果として念願を達成して2017年にMBAを取得

私の両親はどちらかというと「勉強しなさい」とか「塾に行きなさい」とかそういった感じの親ではありませんでした。

両親は2人とも大学にも行っていません。

だからあまり子供に対しても、頑張って勉強するより社会に出てからどう働くか?という方に重点が置かれた教育だったように思います。

よって、高校進学も、頑張れ!とも言われず、「今の成績で余裕で行ける学校でいいんじゃない?」みたいな感じでした。

正直、当時行きたかった進学校がありました。

だけど、私の成績と模擬テストの結果では、ギリギリ受かるかも?!というレベルで、仮に落ちてしまったら、別の私立の高校を滑り止め受験してそちらに行かないといけないことになってしまう・・・ということに。

今はどうかわかりませんが、当時の私の高校受験の時は、国公立高校は1校しか受験できなかったのです。

滑り止めの私立高校へ行くというリスクを回避する理由と、また、「絶対にその進学校に受かってやる!」といって頑張るわけでもなかった理由から、単純にその進学校より偏差値の低い家から一番近い高校を選びました。

その高校を選んだことをどうこうと思うわけでありません。

そうではなくて、「自分にはどうせ無理」という不安をカバーするため、または私立高校に行って高い学費を払うリスクを回避するために「頑張って実現するんだ!」という前向きな選択ではなく、「自分は勉強ができないから」などという言い訳をしながら、「できないということを前提に物事を考えることによって選択した結果にずっとモヤモヤしたものがあった」のかなあと今は思います。

これって、挑戦しなかった自分に対しての後悔です。

ミドルエイジになった今の自分が思うことは、10代の時の可能性なんて無限!ということです。

それを自分自身が「無理」だと思いこみ、楽な道を選んだ。

全く悪いことではないのだけれど、「精一杯頑張ってみたけどやっぱりその進学校には行けなかったよ」のほうが、私は自分の中で腹オチするというか、吹っ切れるものがあると思うのです。

数年前に少し話題になった、TED札幌の「Hope invites by Tsutomu Uematsu」。

植松さんのプレゼンテーションは、まさに私が思っていたことと同じで、このTED動画はすごく大好きです。

今の日本の子供たちに見せてあげたいし、私のように、大人になってからも自分の意思を貫き、実現できることだって実際にあるのだということを気づかせてくれました。

そうです、だから「無理」というのは他人が決めるのではなく、自分が無理と思ったら無理なんだということですね。

◯Hope invites | Tsutomu Uematsu | TEDxSapporo
https://www.youtube.com/watch?v=gBumdOWWMhY

Hope invites Tsutomu Uematsu TEDxSapporo
©TEDx Talks

自分にやってきた転機は「会社クビ宣告」

すごく変な話ですが、私は過去にクビ宣告されたことが2回あります。

1回目は、まだ20代のころで、仕事も楽しくないし、朝眠いし、やる気ないしで、会社へも遅刻の嵐だったんで仕方ないですけど。。。

その1回目のクビ宣告の時は、若かったこともあり「あ、そう。まあ、いいや。別に私も楽しかったわけじゃないし、また次の仕事探しますー」くらいに思い、その日はそのまま会社の後コンパに行ったくらいです。(笑)

人生とは不思議なもので、そのクビ宣告された会社で仕事の楽しさ、厳しさ、難しさを教えてもらいました。

アメリカ留学を決意したのもこの会社で働いたおかげです。

え?クビになったんじゃ?と思いますよね。

実は、その夜、コンパで飲んでたら、クビ宣告した専務から電話がかかってきて「社長にはねうさぎさんをクビにしたことを報告したら怒られまして、明日からまた普通に会社に来ていただくことはできますか?その時に、はねうさぎさんとの契約内容を見直します」と言われました。

どうやら、社長が私の仕事ぶりを見ていて、クビにはしない、と言ってくれたらしいです。(この時の会社は30人ほどの小さい会社で、社長のデスクも社員と同じフロアにありました)

そして、2回目のクビ宣告。

これが結構キツかったです。

当時、アニメーションスタジオで働いていました。

オーストラリア人社長の秘書兼、日英の通訳翻訳、その他、従業員の7割くらいが外国人たっだため、日本人しかできない雑用などなど全般が私の仕事内容でした。

あるプロジェクトが終了したその日の夜に、オーストラリア人上司から電話がかかってきて、「最近疲れてるから休みがほしいでしょ」と言われ、意味が解らない!と思い、話してみると「つまり明日から来なくていい」と言われたのです。

この時点で夜の9時半。

その日の夜7時まで働いていた会社の上司からその日の夜9時半に電話でクビにされるって・・・?!

さらにひどかったのは、給料を払わない、と言われたこと。

そしてクビの理由として3つ言われましたが、どの理由も理にかなっておらず、後で元同僚から聞いた話だと、私を他社のスパイだと(競合他社へ転職した同僚と仲良くしていたため)上司が思い込み、それが決定的な理由だったそうです。

クレイジーすぎる!

めちゃくちゃ労働基準法違反なうえに、私は十分な貯金も無かったので、「明日からどうやって生活しよう?!」とショックと不安でいっぱいでした。(もちろん労働基準局に報告しましたが、法的効力が無いということで結果、泣き寝入りになりました)

実はこの会社で働いているときに、お金が溜まったらMBAを受験しようかな…と思い始めていた時だったのです。

独立して自分のビジネスをやろうかな、と考え始めていました。

途方に暮れていた時に、昔からのアメリカ人の友人が「お金はないけど時間がある。今がMBAにアプライするチャンスなんじゃない?」と言ってくれたのです。

その時は単純に「そっか!」と思っいました。

日本ではまだまだ女性が社会で活躍する機会が少ない

MBAをとろうと思ったもう一つの理由に、日本では女性労働者の地位が非常に低いことです。

優秀な人でも、「結婚や出産で辞めてしまうかもしれないから役職に就けられない」という理由で女性社員の昇進を渋っている会社で働いたことがあります。

また、昔働いていた会社では、来年度の給与の査定の時に、年齢別、性別別に分けられた基準値を表記した一覧表を見せられて、「はねうさぎさんはこの辺」みたいに言われたこともあります。今思えば完全な差別ではないかと思うのですが、当時はそれに反論することさえ思いつかなかったし、そんなものか・・・とあきらめていました。

外資企業でも男女の差が顕著な会社もあります。

書けばきりがないくらい男性社員と女性社員の給与、待遇、昇進の機会、企業での女性マネージャーの割合などなど、日本は先進国の中でも「中東並みの男女区別」と言われるほど女性の働き方が問われているにもかかわらず、いまだに実社会では大きな変化がないのが現状だと肌で感じていました。

「MBAをとったら何かが変わるかもしれない」

私はそう思って応募しました。

ちなみに、これから応募を考えている人に言いたいのですが、実際には、MBAをとっただけでは変わる環境は沢山あるわけでは無いので、自分自らが変えなければならないのだと思います。

そしてMBAを終了し、出席した卒業式。

アメリカでは、卒業式の事を「commencement day」と言います。

そう、つまり勉学を卒業する日ではなく、「始まりの日」を意味しているのです。

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